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横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)5号 判決 2000年6月21日

原告

遠藤和彦

右訴訟代理人弁護士

増本一彦

鈴木義仁

鈴木裕文

被告

相模原税務署長 岩田洋

右指定代理人

松本真

笹崎好一郎

森口英昭

宇山聡

佐々木喜一

佐藤謙一

江口克介

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成四年三月九日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の昭和六三年分所得税更正処分のうち課税総所得金額三〇五万八〇〇〇円(総所得金額四九四万七二八七円)及び納付すべき税額三一万一六〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分

二  原告の平成元年分所得税更正処分(裁決で一部取り消された後のもの)のうち課税総所得金額四七〇万円(総所得金額六八四万三四五四円)及び納付すべき税額六四万円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(裁決で一部取り消された後のもの)のうち税額二万四〇〇〇円を超える部分

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、水道衛生工事業を営むいわゆる白色申告者である原告の昭和六三年分及び平成元年分の各所得税について、被告がいわゆる推計課税の方法により更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたところ、原告がこれを不服として、その一部の取消しを求めた事案である。(なお、原告は、当初、平成二年分所得税についての更正処分の取消しも求めていたが、後に取り下げている。)

二  基礎となる事実(この欄及び後記第四において、末尾に証拠等の記載がない事実は争いがない。記載があるものは主に当該証拠等により認定した事実である。)

1  原告は、水道管等の管工事を業とする個人事業者であり(原告本人尋問の結果)、いわゆる白色申告者である。

2  原告の昭和六三年分及び平成元年分(以下「本件各年分」という。)の所得税につき、原告のした確定申告、これに対する更正処分(以下、それぞれ「昭和六三年分更正」「平成元年分更正」といい、両者を併せて「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、それぞれ「昭和六三年分賦課決定」「平成元年分賦課決定」といい、両者を併せて「本件各賦課決定」という。)、被告がした異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、それぞれ別表一及び二に記載のとおりである。(弁論の全趣旨)

第三主な争点と両当事者の主張

本件の主な争点は、本件調査の違法性の有無(争点1)、推計の必要性の有無(争点2)、本件各更正の適法性の有無(争点3)、実額課税の当否(争点4)であり、これらについての両当事者の主張は以下のとおりである。

一  本件調査の違法性の有無(争点1)

1  原告の主張

(一) 民主主義統治の原則を採る現行憲法の下では、納税の内容を確定する権利を持っている者は、納税者である国民であり、納税者は本来納税の主体であって客体ではないはずであるから、税務調査は、課税庁による恣意的な課税処分、更正決定がされることを防止するため、納税者に告知・弁解・防御の機会を与えて初めて正当性を持つ。所得税法二三四条所定の質問検査についても、被調査者に防御の機会を与えるべく、調査日時の事前通知や調査理由を具体的に告知することは当然必要とされ、被調査者としては、自己の防御を十分なものとするため、会計事務補助者や税理士、会計士に限らず、会計・税務についての知識を持つ者や税務調査の実際について知る者を調査の際に同席ないし立ち会わせることは当然許されるものである。これらは税務署員側の事情に関わるものではなく被調査者の防御に関わるものであるのだから、税務署員側の合理的な裁量に委ねられるものではなく、その判断が入る余地はそもそもない。また、同条一項三号所定の者に対する調査(反面調査)は、制度の目的からみても、補完的な権限というべきで、納税者に対する質問検査によって解明できない場合に限定して行われるべきであり、当該職員の権限行使には合理的理由がなくてはならない。

(二) ところが、本件において、原告は平成三年七月二九日に被告所部係官鴻野英俊大蔵事務官(以下「鴻野係官」という。)との間で同年八月二二日午後二時から原告宅において調査を受ける旨の約束をしたにもかかわらず、被告は原告に対する調査の前に取引先を探知する目的の問い合わせを行った事跡があり、質問検査権を濫用したものである。しかも、平成三年八月二二日の調査において、原告は再三調査理由を尋ねたにもかかわらず、鴻野係官は申告の内容と所得の確認である(これは調査の目的であって調査の理由ではない。)と答えるのみで何ら具体的・明示的な調査理由を説明することをせず、ひたすら立会人の退去を要求したのみであるので、本件の税務調査には正当性はない。被告が立会人の退去を要求した理由とする守秘義務は、本来、公務員たる税務署員側に課せられているものであって、第三者の立会いがあることによって、何らかの不利益や弊害があるなら、まず税務署員においてこれを具体的に明らかにし、第三者の立会いの辞退を勧告することが必要であろう。ところが、前同日の臨場に際し、原告は帳簿等の資料を閲覧に供すべく原告の横に用意しており(なお、原告が当初一部の資料しか提示しなかったのは、鴻野係官が資料の参照を明白に拒絶し原告の話に耳を傾けようとしなかったためであり、同係官が適正に調査を実施すべくさらに帳簿類の提示を求めたなら原告がこれに応じたであろうことは明らかである。)、鴻野係官は所得の確認をしようと思えばいつでも原告から回答を得、また、関係書類を閲覧できる状態にあったにもかかわらず、同係官は具体的な弊害等につき何ら申し述べることもなく立会人の排除を要求するばかりで調査を行おうとせずに退席してしまったのである。原告が第三者を立ち会わせたことは、自己の防御のための正当な権利行使であり、「守秘義務」は被調査者の防御権行使を妨害する理屈として機能しているに過ぎないから、これでは到底原告において正当な帳簿書類の備え付けがなく調査に対する協力も得られない場合であるとはいえない。

以上から、本件税務調査又は質問検査は、正当性を有しない。

2  被告の主張

(一) 原告の本件各年分の確定申告書には、その所得金額欄に事業所得の金額が記載されているだけで収入金額及び必要経費の各欄には何らの記載がなく、また収支内訳書の添付もなく、収支内容が不明であり、申告内容が適正であるかどうか調査の必要があると判断された。被告から調査を命じられた鴻野係官は、平成三年七月二九日に原告宅を訪問したが、連絡もしないでいきなり調査とは非常識だと乱暴な口調で調査協力要請を拒否された。次回調査日についての連絡票の受領も拒否された。その後電話で次回調査日は同年八月二二日と合意されたが、鴻野係官がその間に被告において分かる範囲で調査をすると発言したことで、原告の反発を招き、同月二日被告税務署に来署されて抗議を受けた。鴻野係官が同月二二日原告宅を訪問したところ、通された居間及び隣の仕切の取り払われた台所にも大勢の第三者が座っており、その立会いをめぐって紛糾し、調査はできなかった。その後も、調査に対する反発があるばかりで、協力は得られなかった。

原告は、平成三年八月二二日の臨場に際し、帳簿書類を原告の横に用意していた旨主張するが、事実に反する。仮に同日の臨場に際し原告が帳簿書類を用意していたものとしても、右調査時には調査に関係のない第三者たる立会人が多数同席していたのであるから、鴻野係官がその守秘義務に反せずに、質問検査権を適正に行使し得る状況にはなかったのである。

(二) 所得税法二三四条一項の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではない。本件の税務調査において、被調査者が所持する帳簿等の提示が求められているのであるから、当然に被調査者の取引先に関係する事項等にも調査が及ぶことは明らかであり、その際、取引先の秘密も保護されなければならない。

(一)のとおりの経緯からすれば、本件調査に違法とすべき点はない。

(三) また、税務調査の手続は、課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査するための手続に過ぎないのであって、この調査手続自体が課税要件となるものではないし、また、もともと更正処分等の取消訴訟は客観的に所得の有無を争う訴訟であると解すべきであるから、税務調査における違法は、当然にそれに基づく課税処分の違法事由となるものではなく、当該質問検査権の行使が濫用にわたった場合において、それに基づく課税処分が課税権の濫用の評価を生じ得るような特段の事情がある場合でない限り、当該課税処分に何ら影響を及ぼすものではないと解すべきである。原告の主張を前程としても、本件における調査が質問検査権の濫用にわたり、本件各更正と本件各賦課決定(併せて「本件各課税処分」という。)が課税権の濫用に当たるなどと評価され得る余地がないことは明らかである。

二  推計の必要性の有無(争点2)

1  被告の主張

(一) 一2(一)のとおり、原告の本件各年分の確定申告書には、その所得金額欄に事業所得の金額が記載されているだけで、収支内訳書の添付もなかったため、被告は、右各確定申告書をもっては原告の各申告所得金額が適正であるか否かについて判断することができなかった。

(二) 申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って正しい申告をする義務を負うとともに、その申告内容を確認するための税務調査に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うべきところ、原告は、平成三年七月二九日以降、鴻野係官から再三にわたり調査協力を要請され、帳簿等の提示を求められたにもかかわらず、一貫して調査に応じず、帳簿等を提示することもなく、直接資料によってその計算根拠を明らかにしようとはしなかったのであって、原告が当初から税務調査に協力する意思をまったく有していなかったことが看取できる。

(三) 以上からすれば、原告の本件各年分の所得金額が正しいか否かについて、被告において、その確認の基となる収入・経費の具体的な数額に関する帳簿等の直接資料を調査・入手することはできなかったものであり、本件につき推計の必要性が存在したことは明らかである。

2  原告の主張

被告は当初から正常に調査を行う意思がないにもかかわらず、いわば推計課税をするための方便として鴻野係官を形式的に原告宅に臨場させたに過ぎないから、本件各課税処分をする必要性も相当性も認められない。

三  推計の内容及び推計の合理性の有無(争点3)

1  被告の主張

(一) 昭和六三年分についての推計の内容

昭和六三年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)を推計すると、以下のとおりである。

(1) 売上原価 九〇六万五三二〇円

被告が別表三のとおり把握した仕入金額の合計額である。

なお、本件各年分の年初及び年末の棚卸高については、原告の事業内容及び事業規模からみて著しい変動があるとは認められないので、これを同額とし、仕入金額をもって売上原価とした。

(2) 総収入金額 二六九八万八一五一円

右(1)の金額を、昭和六三年において被告の管轄する相模原税務所管内で業種及び事業規模が原告と類似する者(以下「比準同業者」という。)の売上原価の総収入金額に対する割合の平均値(以下「平均売上原価率」という。)〇・三三五九(小数点第五位以下四捨五入。以下同じ。)で除して算出した金額である。

(3) 特前所得金額 九四五万九三四七円

右(2)の金額に、昭和六三年の比準同業者の総収入金額から売上原価及び経費の額を控除した所得(これが青色特典控除前の所得にあたる。以下「特前所得」という。)金額の総収入金額に対する割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)〇・三五〇五を乗じて算出した金額である。

(4) 事業専従者控除額 六〇万円

原告の妻遠藤清美に係る昭和六三年法律第一〇九号による改正前の所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額である。

(5) 事業所得の金額 八八五万九三四七円

右(3)の金額から(4)の金額を控除した金額である。

(二) 平成元年分についての推計の内容

平成元年分の原告の総所得金額(事業所得の金額)を推計すると、以下のとおりである(昭和六三年分のものと併せ、以下「本件各推計」という。)。

(1) 売上原価 一〇七五万七八七七円

被告が別表三のとおり把握した仕入金額の合計額である。

なお、仕入金額をもって売上原価としたのは(一)(1)と同様である。

(2) 総収入金額 三〇三一万二四一八円

右(1)の金額を、平成元年の比準同業者の平均売上原価率〇・三五四九で除して算出した金額である。

(3) 特前所得金額 九三六万九五六八円

右(2)の金額に、平成元年の比準同業者の平均特前所得率〇・三〇九一を乗じて算出した金額である。

(4) 事業専従者控除額 八〇万円

原告の妻遠藤清美に係る平成六年法律第一〇九号による改正前の所得税法五七条三項所定の事業専従者控除額である。

(5) 事業所得の金額 八五六万九五六八円

右(3)の金額から(4)の金額を控除した金額である。

(三) 推計の合理性

被告は、比準同業者として、相模原税務署管内に所得税の納税地及び事業所を有する個人事業者のうち、以下の(1)ないし(5)の基準のすべてに該当する者を機械的に漏れなく抽出したものであり、右抽出に恣意が介在する余地はなく、かつ、抽出された比準同業者は原告と業種及び事業規模の類似する青色申告者であるから、本件各推計の方法は、これによって求められた数値を原告の本件各年分の真実の事業所得の金額に近似するものとして認定するにつき合理的である。

(1) 水道衛生工事業を営む者

(2) 本件各年分において、青色申告の承認を受け青色決算書を提出している者のうち、青色事業専従者が一名の者

(3) 本件各年分の売上原価が、(一)及び(二)の各(1)のとおり被告が把握した原告の売上原価の半分以上二倍以下である者

(4) 年を通じて(1)の事業を継続している者

(5) 次の<1>及び<2>のいずれにも該当しない者

<1> 災害等により経営状態が異常であると認められる者

<2> 税務署長から更正又は決定処分を受けた者のうち、次のイ又はロに該当する者

イ 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間又は出訴期間が経過していない者

ロ 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者

(以下、個人事業者であることと(1)ないし(5)の各基準とを併せて「本件基準」という。)

(四) 推計の合理性に関する原告の主張に対する反論

(1) 原告は、原告の売上原価が消耗品費を除いた純然たる材料費等とされるべきであるにもかかわらず、比準同業者の売上原価は消耗品費が加えられ同じ内容の数値とはされていない旨を主張する。

企業会計原則によれば、消耗品費は個別対応でなく期間対応となる販売費及び一般管理費に含まれる。反面調査の結果得られた原告の売上原価には消耗品費は含まれておらず、また、比準同業者は、青色申告者で一定期間営業を継続している者であるから、当然に販売費及び一般管理費となる消耗品費はその売上原価に含まれていない。

(2) また原告は、比準同業者の平均特前所得率による所得金額算出の際、支払給料、支払外注費などの特別経費を一般経費と合算して経費として差し引いており、原告の業種、業態と類似した同業者についての所得率とはいえない旨主張する。

しかし、原告の総収入金額と同役度の収入金額の業者においては、事業者本人以外の労働に依存する割合も原告と同程度のものと推認されるから、原告主張の事実は特殊事情とはいえず推計自体を不合理ならしめるものではないし、平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得るのであるから、平均値算出過程の整合性等推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体をまったく不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないと解釈すべきであるから、本件各推計には何ら問題はない。

2  原告の主張

(一) 原告の昭和六三年分更正における総所得金額は八〇〇万七二六七円、平成元年分更正(審査裁決により一部取り消された後のもの。以下、同様)における所得金額は八二〇万五九四三円であるのに対し、被告が本件訴訟において主張する原告の総所得金額は、昭和六三年分が八八五万九三四七円、平成元年分が八五六万九五六八円であって、それぞれ八五万二〇八〇円と三六万三六二五円も多くなっている。被告の所得算出方法が所得金額にこれだけの較差を生み出していること自体からみても、本件各推計には重大な欠陥があることを証明している。

(二) 被告は、いわゆる倍半基準により比準同業者を選出しているが、この基準は不確実性の高い手法であり、これによる推計は合理性を欠く。

(三) 売上原価率により推計する場合には、推計課税を受ける者についても比準同業者についても経理仕訳において純然たる売上原価の数値に拠るべきである。ところが、本件において原告の売上原価中には消耗品費に該当するものは含まれていないが、比準同業者の売上原価中には消耗品費等が含まれており、不合理である。

(四) 本件において抽出された比準同業者の業種である水道衛生工事業が原告の営む水道衛生工事業と同一ないし近似した業種であるとの証明がないし、それを窺い知ることができる手がかりもまた一つもない。

そして、仮に比準同業者が原告の営業と同一ないし近似した業種の業者であるとしても、その業態(従業員の有無、下請ないし外注の有無、支払地代・家賃の有無等)には相違があるのであって、このような比準同業者の数値が平準化されたものが原告の業態に近似しているとは論理的にも実態的にもいい得ないものであるし、近似している旨の証明もない。基本的な経理処理上で分類される一般経費と支払給料、支払外注費、支払地代・家賃等の特別経費のうち、一般経費及びその率は、類似した規模の業種においては近似した金額又は率となることは経験則上の根拠があると考えられるけれども、特別経費については同一又は近似した業種の類似した規模の業者によっても千差万別であることが経験則上も明らかであり、それを無視して一般経費と特別経費を合算して「経費」として差し引いて特前所得を算出して比準同業者の平均特前所得率を算出することは、推計課税を受ける者の実態とますます乖離した数値を独り歩きさせることになるといわざるを得ない。

(五) 以上のとおり、本件各推計には原告の所得金額に近似した金額を推計したといえる程度の合理性はないというべきであり、推計課税による本件各更正はいずれも合理性に著しく欠けた処分であって、維持し得ないというべきである。

四  実額課税の当否(争点4)

1  原告の主張

(一) 原告の所持する各証拠によれば、原告の経理の実額は以下のとおりであるから、本件各課税処分のうち、その各金額を超える部分には過大の違法がある。

(1) 昭和六三年分について

総収入金額 二五八三万七九五五円

売上原価(仕入れ) 八九二万五五三四円

一般経費 四二三万二八二五円

特別経費 七四九万五〇九五円

特前所得金額 五一八万四五〇一円

専従者控除 六〇万〇〇〇円

総所得金額 四五八万四五〇一円

所得から控除される金額 一八八万八九九七円

課税総所得金額 二六九万五〇〇〇円

納付すべき税額 二六万九五〇〇円

過少申告加算税額 〇円

(2) 平成元年分について

総収入金額 三〇七五万八九〇九円

売上原価(仕入れ) 一一一九万一四二七円

一般経費 四一八万九九三六円

特別経費 七七三万四〇九二円

特前所得金額 七六四万三四五四円

専従者控除 八〇万〇〇〇〇円

総所得金額 六八四万三四五四円

所得から控除される金額 二一四万二六〇〇円

課税総所得金額 四七〇万〇〇〇〇円

納付すべき税額 六四万〇〇〇〇円

増差所得金額 二四万六六〇〇円

過少申告加算税額 二万四〇〇〇円

(二) 推計課税に対する実額反証は、課税処分庁の推計課税処分の合理性を覆すに足りる反証としての具体的内容を具備していれば足り、推計課税の合理性に対する積極否認の主張事実であるというべきである。

被告は会計帳簿の存在が不可欠だと力説するが、租税法上は、白色申告納税者には会計帳簿の記帳義務を要求さえしておらず、しかも、会計帳簿は原始記録に基づいて取引を転記した記録であって、その帳簿の記載に真実、継続性、反復性が記録されているか否かは結局は原始記録と帳簿とを照合しなければならないところ、帳簿は脱漏の危険が大であるが、原始記録はそれが保存されている限りその危険はない。保存されている原始記録の編てつの仕様態様によってその継続性、反復性が担保されている限り、原始記録は、最も優良な証拠としての役割を果たす。そして、原告の原始記録は、いずれも誤記したものも破り捨てることなくそのままにしているなど、編てつの仕様と態様において継続性と反復性を十二分に担保しており、被告の邪推する計上漏れの事実はない。

2  被告の主張

被告課税庁が推計の方法により行った課税処分の取消しを求める抗告訴訟において、原告が直接資料によって収入及び必要経費の実額を主張立証することは、被告課税庁の推計課税の適法性の抗弁に対する単なる反証ではなく、自らが主張立証責任を負うところの再抗弁であり、しかも、その再抗弁が奏功して右抗弁を覆すためには、単に収入あるいは必要経費の実額の一部又は全部を主張立証するだけでは足りず、収入及び必要経費のすべてにわたって主張立証することが必要である。その際、原告は、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ経費がその収入と対応するものであることをも立証しなければならないところ、事業所得の金額を実額で算出するためには、よほどの単純・小規模な事業でもない限り、事業に関して生じる収入及び支出の一切を細大漏らさず記録した会計帳簿の存在が必要不可欠であり、右会計帳簿と請求書控え等これを作成する基となる書類(原始記録)が突合されることによって初めて収入金額及び他に収入漏れがないことを正確に把握し得、同様に原始記録を精査し、併せて、右会計帳簿に基づいて必要経費と収益との対応関係を明らかにすることによって初めて必要経費を認定し得るのである。

しかるに、本件訴訟において原告が事業所得についての実額反証に供する資料として提出した証拠は原始記録のみで、原告の事業所得に係る会計帳簿(総勘定元帳、売上帳、仕入帳、経費帳、出面帳及び現金出納帳等)は一切証拠として提出されていないところ、かかる原始記録のみを無秩序に提出しても、現金取引等の収入の計上漏れがないことは明らかにならず、また、収益との対応関係が認められる必要経費であるかどうかについての十分な検証を行うことも困難なのであって、原告の実額反証の試みはその立証方法自体において失当であるといわざるを得ない。そして、仮に百歩譲って原始資料による実額反証が可能であるとしても、その検証は専ら原告自身の記憶に頼らざるを得ないところ、原告は、その本人尋問において、記憶を喚起した方法に沿う形での質問に対しても明確な供述をすることができなかったのであり、このことは原告の実額反証に係る記憶が極めて曖昧なものであることを如実に物語るものである。原告が提出する書証については、収入金額の計上漏れと思われるものや、経費が収入と対応するもの(必要経費)であることの立証に疑問があるものが多々ある上、原告は本件訴訟において事業所得金額の実額を再三変更しており、その主張する金額自体が被告からの指摘により次々と変遷するにいたったこと自体、本件における原告の実額反証がいかにいい加減なものであるかを如実に物語っているのであって、原告の実額反証が合理的な疑いを容れない程度に立証されたなどとは到底いえない不完全なものであることは明らかである。

五  まとめ(取消請求の範囲と本件各課税処分の適否)

1  原告の主張

よって、原告は、昭和六三年分更正のうち確定申告額(課税総所得金額三〇五万八〇〇〇円、納付すべき税額三一万一六〇〇円)を超える部分及び昭和六三年分賦課決定、並びに平成元年分更正のうち前記四1(一)(2)記載の実額(課税総所得金額四七〇万円、納付すべき税額六四万〇〇〇〇円)を超える部分及び平成元年分賦課決定のうち右実額と確定申告額との増差所得金額に対応する税額二万四〇〇〇円を超える部分の、各取消しを求める。

2  被告の主張

(一) 本件各更正の適法性

被告が本訴において主張する原告の総所得金額(事業所得の金額)は、三1(一)(二)の各(5)のとおり、昭和六三年分が八八五万九三四七円、平成元年分が八五六万九五六八円であるところ、昭和六三年分更正に係る原告の総所得金額は八〇〇万七二六七円であり、平成元年分更正(裁決により一部取り消された後のもの)係る原告の総所得金額は八二〇万五九四三円であって、いずれの年分についても被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正は、いずれも適法である。

(二) 本件各過少申告加算税賦課決定の適法性

(1) 昭和六三年分賦課決定は、昭和六三年分更正により原告が新たに納付すべきこととなった税額六二万円に、国税通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額六万二〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右六二万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額一二万円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額六〇〇〇円とを加算して、六万八〇〇〇円の過少申告加算税額を算出した。

(2) 平成元年分賦課決定は、平成元年分更正(裁決により取り消された後のもの)により原告が新たに納付すべきこととなった税額五二万円に、国税通則法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額五万二〇〇〇円と、同条二項の規定に基づき右五二万円のうち五〇万円を超える部分に相当する金額二万円に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額一〇〇〇円とを加算して、五万三〇〇〇円の過少申告加算税額を算出した。

(3) (一)のとおり、本件各更正が適法であるから、本件各更正を前提として過少申告加算税を賦課した本件各賦課決定は適法である。

第四当裁判所の判断

一  本件調査の違法性の有無(争点1)及び推計の必要性の有無(争点2)

1  課税調査の経緯

まず調査の経緯に関する事実関係を検討する。

(一) 証拠(甲四、甲六五、乙七、証人鴻野、原告本人)によれば、本件各更正にいたる経過として以下の各事実が認められる。

(1) 平成三年七月中旬ころ、相模原税務署の坂口政光統括国税調査官(以下「坂口統括官」という。)は、部下の鴻野係官に対し、原告の昭和六三年分ないし平成二年分所得税について調査を命じた。調査の理由は、それまで税務調査を一度も行っていないことと、右各年分の確定申告書に事業所得金額が記入されているだけで、総収入金額及び必要経費の額が記入されておらず、収支の内訳が不明なことであった。

鴻野係官は、原告の資料箋を確認する等して、調査の準備をした。

(2) 平成三年七月二九日午後二時ころ、鴻野係官は、坂口統括官の指示により事前の連絡をせずに原告宅に臨場し、応対に出た初対面の男性が原告本人であることを確認した上、同人に身分証明書と質問検査章を提示して税務調査の目的を告げた。

これに対し、原告が調査の理由を尋ねたので、鴻野係官は、申告所得金額の確認である旨応答し、再三にわたり調査の協力を要請したが、原告は、「確認の必要はない」「連絡もしないでいきなり調査とは非常識だ」等と乱暴な口調で答えた。

鴻野係官は、同日の調査は無理であると判断して、原告の都合のよい日を尋ねたところ、原告がこれに応答しないので、再調査日時を同年八月二日午前一〇時と指定してその旨記載した連絡票(甲四)を手渡そうとしたが、原告はその受け取りを拒否した上、玄関ドアを閉めた。

右調査当日の同年七月二九日午後一時一〇分ころ、鴻野係官は右連絡票を原告宅(集合住宅の三階)の玄関ドアポストに入れて辞去しようとしたが、ドアの開閉音がしたため振り返ると右連絡票が落ちていたため、これを拾い、一階の原告の郵便受けに入れた。

(3) 平成三年七月二九日午後一時五五分ころ、原告は、調査日を同年八月二二日又は二三日にしてほしい旨伝えるため相模原税務署に架電したところ、鴻野係官がまだ帰署していなかったので、同日(七月二九日)午後四時四〇分ころに再度架電した。

同係官は、もっと早くできないかと折衝したが、結局右の原告の申入れを受け入れる形で次回調査日時を同月二二日午後二時と決定した。

その際、鴻野係官が原告に対し、期日が先になったためその間相模原税務署に分かる範囲の調査を進める旨伝えたところ、原告は自らを調査する前に反面調査をすることはできないはずだと反論した。原告は、八月二二日の調査当日、友人に立ち会ってもらう旨述べたが、同係官は、守秘義務の観点から第三者の立会いは遠慮願いたい旨伝えて電話を切った。

(4) 平成三年八月二日、原告は、本人自身に対する調査の前に反面調査をすることに対して抗議するため、原告の所属する神奈川土建一般労働組合の者二名を伴って相模原税務署を訪れ、同年七月二九日に鴻野係官が反面調査をする旨述べた発言の取消しを求めた。

鴻野係官は、発言は取り消せないが、同年八月二二日まで反面調査は行わない旨約束した。

(5) 平成三年八月二二日午後一時五五分ころ、鴻野係官が原告宅に臨場したところ、原告の妻は同係官を八畳間に通した。八畳間には同係官及び原告のほかに四名の者がおり、同部屋と間仕切りのない隣の台所兼リビングもあわせると総勢十数名の者がいた。

鴻野係官は原告に身分証明書と質問検査章を提示して昭和六三年分ないし平成二年分の所得の確認のための調査である旨説明して協力を要請したところ、原告及び原告宅にいた者らは、原告が調査対象として選定された理由を含むさらに具体的な調査理由の説明を求めた。鴻野係官は、申告金額の確認が必要である、原告が被告に提出した確定申告書に収入金額と必要経費の額が記入されておらず収支内訳書も添付されていない等の説明をして繰り返し調査協力を要請したが、同様の問答が繰り返されるだけであったので、原告に対し、調査を開始する旨述べて、原告及び妻以外の第三者らの退席と帳簿等の提示を求めたところ、原告は、これに納得せず、「友人だから構わないだろう」等述べて引き続き右第三者らを同席させた。

原告は、右と相前後して、税務署から遠藤設備名の照会があった旨町田市の工務店から電話があった事実を指摘して、調査当日まで反面調査をしないと約束したのになぜ反面調査を行ったのかと抗議した。そこで、鴻野係官が当該工務店の名称を尋ねたところ、原告は、同係官が調べて同人から説明するよう求めた。しかし、第三者らの一人が、同係官及び当時の相模原税務署長は嘘つきである旨発言し、さらに同席していた者がその間写真をフラッシュ撮影するなどしたため、その場は騒然となった。

鴻野係官は、第三者の退席と帳簿等の提示を求めたが、原告が引き続き調査の具体的理由の説明と立会人の同席、反面調査についての説明を求めるので、同日の調査は不可能であると判断し、第三者のいないところで帳簿等の調査を受ける気になったら連絡するよう言い添えて、午後二時五〇分ころ原告宅を辞去した。

(6) 平成三年九月二五日、原告は、鴻野係官の応対について抗議するため、被告あての請願書を相模原税務署に提出した。

(7) 平成四年二月中旬ころ、原告は、相模原税務署の確定申告相談会場に現れて、相談業務中の鴻野係官に外注費・人件費・減価償却費に係るB四版大の紙を数枚差し出したところ、鴻野係官は、原告に対し、外注先・支払先の住所氏名を教えてほしい、資料は全部提出してもらわないと一部では受け取れない旨述べた。

鴻野係官は、原告に対し、調査結果を文書で通知する旨伝えたため、原告はそのまま帰宅した。

(8) 以上の間のうち少なくとも平成三年八月二二日の原告宅への臨場以降、鴻野係官はスルガ銀行及び東海銀行並びに株式会社相模住設等原告の取引先と思料される問屋に対し、原告との取引関係を調査した。

以上の各事実が認められ、これに反する証拠は採用しがたい。

(二) 前記(一)(5)のとおり、原告は、平成三年八月中旬ころ東京都町田市の工務店から取引もないのになぜ税務署に名前を出したのかという抗議の電話を受けた旨を、鴻野係官が同月二二日に臨場した際に述べたわけであるが、そのような抗議の電話が事実としてあったかどうか、あったとしていつごろかについては、当事者の主張は対立している。

この点について、鴻野係官は、右臨場の際に原告からそのような抗議があった旨を伝えられ、同月二二日前には反面調査はしない旨を約束していたのにこれに反したと非難されたため、そのような事実はないはずであるとの認識から、抗議内容や抗議の様子等を原告に質問し、抗議の電話があったとの事実の真偽を確認しようとしたというものである(前記(一)(5))。これに対して、原告はその場において鴻野係官にきちんと回答していないし、法廷でこの点を訊かれた際の供述も、非常に重要な事柄なのに具体的な明確性と確かさに欠ける点があるので、右供述どおりの事実があったかは疑わしい感じもする。そうではあるが、他方、被告は時期は別として、原告の取引先と思われるところを広く対象として反面調査をしたとの事実がある(前記(一)(8))。そして、平成三年七月二九日の時点では鴻野係官は反面調査も辞さないという気持ちを抱いており、反面調査を同年八月二二日まで控えるとの態度を表明したのは原告らが被告の税務署に抗議のために来署した同月二日である(前記(一)(4))から、七月二九日から八月二日までの間に、早くも、とりわけ鴻野係官において明確でない時点において被告における反面調査が開始され、その調査を受けた第三者に「町田市の工務店の者」がいたかもしれない。また、八月二二日まで反面調査を控えるとの意思決定がくまなく伝わらずに、それと知らない係官が同月二日以降同月中旬までの問に反面調査に着手した可能性もあるかもしれない。この点は、証拠上は不明といわざるを得ないが、仮に右のとおりであるとすれば、八月二二日より前に調査がされたことは事実ということになるが、鴻野係官が自己のした約束に少なくとも故意に反して反面調査をしたというわけではないということになる。

(三) 右に認められる各事実によれば、原告は、鴻野係官による税務調査に対し、調査日時の事前通知、調査の具体的理由の提示、調査における第三者の立会いを各要求し、また反面調査を開始したとして非難し、これらのうちの特に第三者の立会いの要求に被告が応じないため、調査に協力せず、帳簿等も提示しないとの態度をとっていたということができる。

2  被告による税務調査の違法の有無

(一) 標記の点に関し被告は、税務調査の違法は課税処分の違法に直結しない旨をも主張するが、税務調査手続に違法があって納税者の調査拒否が正当と評価できる場合には、不当な非協力といえず、推計の必要性を基礎づける事実がないことにもなるので、およそ常に税務調査の違法が課税処分の違法に結びつかないとまではいえない。

(二) そこで、税務調査の違法の有無を検討する。

本件における被告の税務調査は所得税法二三四条一項の定める税務職員による質問検査権の行使であると解されるところ、同項の規定は、国税庁、国税局又は税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同項各号所定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではないというべきである(最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。

(三) 次に、(二)の見地に立って本件における被告の税務調査の違法の有無を個別的に検討する。

(1) 前記のとおり、原告は本件各年分及び平成二年分所得税についての確定申告書に総所得金額を記入するのみで、総収入金額及び必要経費の額すら記入していなかったのであるから、右の申告の体裁内容のみをもってしても、原告に対して質問検査をする客観的な必要性はあると解される。

(2) そして、調査の実施の日時場所の事前通知については、これをすることによって納税義務者において帳簿等を毀葉隠匿することが懸念されることもあるところ、原告が具体的な金額の記載のない申告をしていたことに照らすと、本件において当初の平成三年七月二九日の臨場調査の実施の日時場所を原告に事前に通知しなかったことは被告の合理的な選択の範囲内にあったものというべきであり、直ちに違法であるとはいえない。

(3) 次に、調査の理由の告知については、鴻野係官は、平成三年七月二九日の臨場の時点では、申告所得金額の確認である旨の告知をしたにとどまるが、初めて調査を行う見地から、事前通知をせずに訪問したところ、これに対して、原告が友好的に受け入れるというのではなく、乱暴な口調で鴻野係官を排斥する態度であったことからすると、申告所得金額の確認である旨のやや具体性を欠く理由の告知も、理由の告知として違法ではないというべきである。

そして、平成三年八月二二日の臨場調査の時点では、原告に対して調査の理由として確定申告書の体裁内容が不十分であった旨を加えた理由の告知がされており、理由の告知はこの程度でも足りると解される。

(4) さらに、鴻野係官は平成三年八月二二日の臨場調査の際に原告及び妻以外の第三者らの退去を求め、この点が問題とされているので、以下検討する。

納税義務者が第三者の立会いを希望し、自己の秘密が立会人に開示されることを容認していても、納税義務者の帳簿等の調査の際には必然的にその取引先の秘密にわたる事項の調査を伴うところ、これら取引先の秘密は十分に尊重することを要するから、税理士(税理士法三八条)等特に法律で秘密を守る義務を課された者以外の者が帳簿等の調査に立ち会うことでこれらの取引先の秘密が立会人に知られることのないようにする必要がある。そこで、調査担当官が立会人の退去を求めることは、質問検査権の適正な行使方法である。したがって、本件において、被告が何ら職業上特別の義務のない第三者ら(甲六五)の退去を求めたことは適正であり、この措置に違法はない。

(5) また、一般に、納税者について推計の必要性がある場合において、税務署長が、その手がかりとなる当該納税者の、例えば売上原価の実額を知ることができないとき、売上原価を把握するために、当該納税者に材料等を納入したと思われる取引先に反面調査をすることは、許されるところである。ただし、税務署長が納税者の取引先と思われるところを広く調査すると、納税者の信用等に重大な影響が及ぶから、その反面調査の開始時期については慎重な考慮がされるべきである。本件においては、前記1(二)のとおり鴻野係官が原告との間にした約束に少なくとも故意に反して時期を早めてこれを行ったという事実は認められないので、本件において原告に材料等を納入している取引先と思われる問屋に対して被告が反面調査をしたことには違法と非難されるべき理由まではないものというべきである。

(四) そうすると、鴻野係官による原告に対する税務調査に違法はないというべきである。

3  推計の必要性(争点2)について

(一) 所得税法一五六条は、所得税について更正する場合には推計の方法によりすることができる旨を定めている。同条は、推計による課税をするための要件について特に触れていないが、このような推計課税が許されるのは、実額課税の原則に徴し、実額課税の方法によることができず課税権の実現のためには推計課税の方法によらざるを得ない場合、即ち、より具体的には、会計帳簿等の収入・支出の状況を明らかにする資料が存在しないか、又は、存在しても、誤記脱漏や別にいわゆる裏帳簿があるなどして当該資料が信頼性に欠け、若しくは納税義務者が調査に不当に協力せず当該資料を提示しない等の理由から、課税庁において納税義務者の経理の実額を確認することができない場合に限られるものというべきである。

(二) そして、前記2のとおり、原告の申告が事業所得の金額が記載されているだけで、収支の内訳が不明であった上、原告が税務調査に協力しなかったのであり、そのことに正当な理由もないのであるから、被告としては、課税権の実現のために、原告の所得を推計する必要性があったというべきである。

二  本件各推計の合理性の有無(争点3)について

1  推計の内容

証拠(乙二の一ないし三、乙五の一ないし四、乙八、証人藤本)によれば、本件各推計について、以下の各事実が認められる。

(一) 東京国税局は、本件訴訟提起後に、当時本件訴訟の指定代理人であった伊倉博大蔵事務官(以下「伊倉事務官」という。)において、原告の職業を水道衛生工事業、原告の売上原価の実額を昭和六三年分につき九〇六万五三二〇円、平成元年分につき一〇七五万七八七七円と確定した上、前記第三の三1(三)の同業者抽出基準(本件基準)を作成し、平成六年七月五日、東京国税局長名で同年六月三〇日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」題する書面(乙二の一。以下「本件通達」という。)をもって、被告に対して本件基準に該当する比準同業者の抽出を命じた。

(二) 本件通達を受けた相模原税務署の保泉広道統括国税調査官(以下「保泉統括官」という。)は、藤本博上席国税調査官(以下「藤本調査官」という。)に抽出作業と報告書の作成を指示した。

(三) 藤本調査官は、相模原税務署管内の全個人事業者のうちから、次のようにして、本件基準に適合する同業者を抽出する作業をした。

(1) 「水道衛生工事業を営む者」の抽出については、まず、税務署にある業種別名簿から水道衛生工事業と分類されている業者を抽出した。この「水道衛生工事業」は、日本標準産業分類(乙三)上の給排水・衛生設備工事業及び一般管工事業のうち主として給排水・衛生設備工事業のことであり、業種別名簿から抽出した右事業者の青色申告書の「職業」欄及び青色申告決算書の「業種名」欄の記載で内容を確認し、記載のない者については電話聴取により、確認した。

(2) 所得税の申告を青色申告書によっている者のうち、青色事業専従者が一名の者」の抽出については、業種別名簿の青色表示並びに確定申告書の「事業専従者」欄及び青色申告決算書の「専従者給与の内訳」欄により、確認した。

(3) 「売上原価の金額が通達に記載された一定の範囲内にある者」の抽出については、青色申告決算書の「差引原価」欄により、確認した。

(4) 「年を通じて(1)の事業を継続している者」の抽出については、青色申告決算書の決算期間を記載する欄、「月別売上(収入)金額及び仕入金額」欄及び「年中における特殊事情」欄により、確認した。

(5) 「災害等により経営状態が異常であると認められる者」に該当しないという要件については、確定申告書の「雑損控除」欄及び青色申告決算書の「年中における特殊事情」欄により、確認した。

(6) 「更正又は決定処分がされている者のうち、不服申立期間未経過の者又は目下係争中の者」に該当しないという要件については、確定申告書及び更正通知書並びに不服申立て等整理簿により、確認した。

このようにして、本件基準に該当する者すべてを抽出したところ、昭和六三年分については八名、平成元年分については七名の比準同業者が抽出された。

(四) 藤本調査官は、右抽出した各比準同業者の青色申告決算書上の売上金額欄の金額、差引原価欄の金額、及び、差引原価欄の金額と経費の「計」欄の金額との和を、本件通達所定の「個人水道衛生工事業者の課税事績報告書」にそれぞれ総収入金額、売上原価の金額及び経費の額として移記した上、これらを基に、各年分ごとに平均売上原価率、平均特前所得率を算出し、保泉統括官がこれを検算した。以上の各事実が認められ、これらを覆すに足りる証拠はない。

2  抽出基準及び抽出についての合理性の有無

(一) 原告は、主に給排水・衛生設備工事業を、一部他の管工事も行っていた(乙四、原告本人尋問の結果)のに対し、1のとおり比準同業者として選定された者も専ら又は主に給排水・衛生設備工事業を営む者であり、原告の所得を推計するのに十分近似した同業者ということができる。したがって、「水道衛生工事業を営む者」の抽出基準及び抽出過程とも合理的である。

(二) 「売上原価の金額が通達に記載された一定の範囲内にある者」の抽出については、次のとおりである。

(1) まず推計の基礎事実である原告の売上原価額が正確に把握されているかという問題があるが、これは、原告の主な原材料仕入先であると認められる(甲二〇ないし二二、甲二四、乙四)株式会社相模住設、清水工機株式会社相模原営業所(以下「清水工機」という。)、清水忠商事株式会社及び株式会社太陽プラニングに対するいわゆる反面調査の結果(乙五の一ないし四)から把握されたものである。

(2) そして、このうち、清水工機以外の会社との取引については、各社の本件各年分中の原告に対する売上金額(原告にとっては仕入金額)のうち水道衛生工事の材料代金に係るものに限定し、値引き又は返品があれば右材料に係るものであると消耗品等に係るものであるとを問わずに相当額を引いた上で、かつ、締日が月末でない場合には年末年始の締日前後の売上金額の調整をしたものが別表三のとおりの金額である。

(3) また、清水工機との取引については、本件各年分の全部又は一部についての得意先元帳がない(乙五の二)ため、これがある平成元年四月以降又は平成二年分の総売上金額中に占める材料代金の割合(ただし、小数点第五位以下を四捨五入したもの。以下「材料代金率」という。)を計算した上、実額を把握できている本件各年分の総売上金額に右各材料代金率(昭和六三年分の総売上金額に対しては平成二年分の材料代金率、平成元年分の総売上金額に対しては同年四月ないし一二月の材料代金率)をそれぞれ乗じて算出したものが別表三のとおりの金額である。

(4) 右(1)から(3)のようにして把握又は算出された額を原告の仕入金額として捉えるのは十分合理的というべきである。そして、被告は、原告の年始と年末の棚卸高を同額とみなして本件各年分中の仕入金額をもって原告の売上原価としたというのであるが、原告の事業規模からすると年末年始の棚卸高を同額とするのもまた合理的であって、結局原告の売上原価の金額は合理的に把握されているというべきである。

なお、原告の原材料仕入先は右四社以外に皆無であるともいえないようである(甲二三、甲二五)が、本件各推計は、原告の売上原価を一定の平均売上原価率で除して原告の総収入金額を算出し、これに一定の平均特前所得率を乗じて原告の所得金額を算出する方法によっており、仕入金額ひいては売上原価を少なくさせる方向の計算であれば、これに連動して推計される原告の総収入金額及び所得金額も低くなるものであるから、むしろ原告に有利であり許されるものと解される。

また、値引き又は返品相当額の減額(前記(2))について、材料以外の消耗品等に係るものが含まれている可能性があるが、右と同様に原告の仕入金額ひいては売上原価を少なくさせる方向の計算であるから、これに連動して推計される原告の総収入金額及び所得金額は低くなるものと解され、これも許されるものというべきである。

(5) そして、2冒頭の事業規模が類似の同業者を抽出する基準(いわゆる倍半基準)は規模が同程度の同業者を抽出するものとして合理的であると認められる。したがって、前記(1)から(4)のようにして把握された原告の各売上原価の半分以上二倍以下である者を比準同業者として抽出するのは、適正・合理的であるというべきである。

(三) 本件基準のその他の基準については、比準される数値の正確性を担保するためにむしろ必要な抽出基準であるというべきであって、合理的である。

(四) そして、以上のようにして本件基準により現に抽出された比準同業者の数は、昭和六三年分が八名、平成元年分が七名であり、統計的な平均率を採るのに十分合理的な程度の母数が確保されている。

(五) そうすると、本件各推計は、原告の職業と売上原価とを正確に把握して合理的な本件基準を設けた上、所得税法所定の事業専従者控除をして原告の事業所得を算出したものであるから、その推計の方法は合理的であるというべきである。

(六)(1) 原告は、比準同業者の売上原価には消耗品費等の販売費・一般管理費として扱われるべき費目も含まれており、原告の売上原価にこれらが含まれていないのと比して整合性を欠く旨主張する。

しかし、比準同業者は青色申告者であるところ、消耗品費は会計原則上も販売費・一般管理費に区分されるものであって(乙六)、青色申告決算書においても消耗品費等の費目は売上原価とは別の経費として記載されるものである(乙八添付の別紙三)から、これらの費目を含まない「差引原価」欄から移記された比準同業者の売上原価(前記1(四))に、消耗品費等の販売費・一般管理費が含まれていないことは十分推認でき、原告の主張はその前提を欠く。

(2) また、原告は、支払給料、支払外注費及び支払地代・家賃等の特別経費は、一般経費と異なって総収入金額と比例しないから右各費目を実額によって把握しようとしない本件各推計は不合理である旨主張する。

しかし、右の各費目の率は、本件基準を満たす類似した種類・規模の業者であれば相互にさほど大きな差はないものと解されるから、原告主張の事実は特殊事情とはいえない。平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得る。原告の右主張は採用することができないものといわねばならない。

(3) なお、原告は、本件基準による本件各推計の結果が本件各更正内容と異なることから本件基準に欠陥がある旨を主張するが、推計方法が異なることの一事で、当該推計方法自体が不合理になるものではない。また、推計方法の不合理をいう原告のその他の主張もいずれも類似性をあまりにも多く要求する考え方であって、採用することができない。もともと推計せざるを得ない(推計の必要性がある)ために、推計を認める以上、ある程度の類似性をもって許容せざるを得ないのであり、その限度以上の個別的事情は要求されないのである。

三  実額課税の当否(争点4)について

1  原告は、本件各年分についてその経理の実額が合理的に把握でき、その金額により所得を算出すべきである旨を主張するので、次にこの点を検討する。

2  一般に所得金額を現実の金額で明らかにするためには、収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ支出がその収入と対応するものであること(必要経費性)をも立証しなければならないことはいうまでもない。しかも、本件では被告が推計により原告の所得金額を算出し、そのようにする必要もあると認められるのであるから、それにもかかわらず、いわゆる実額をもって所得金額を明らかにしようとするためには、なお一層右のことが要求されるといわねばならない。

この点に関し原告は、経理の実額の主張は推計課税の適法性という抗弁事実に対する否認の性質を有するにとどまるから、右のように支出と収入との対応関係(必要経費性)等を完全に主張立証する必要はない旨を主題する。しかし、推計の必要性が認められ、推計により課税がされる場合にそれを否定するものとして実額の主張立証をする際には、推計による金額をさらに超える程度に正確な経理の実額が主張立証されなければ、推計内容の合理性は覆されないものというべきであるから、その意味でいわゆる実額「反証」というのは適切ではなく、収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ支出がその収入と対応する事実は、納税義務者が主張立証責任を負うべきものと解する。

3  そこで、右のような観点から、原告の実額の主張を検討する。

この点、原告は、本件各年分当時、日々の経理を記載した仕訳帳、総勘定元帳その他の会計帳簿を作成していなかったというのである(原告本人尋問の結果)から、原告が事業経費と主張する支出と収入との対応関係(必要経費性)を判断する主な拠り所は、物品費用の支出については領収証類(甲二六、甲二七)の品目名欄又はそのうち相当数存在する単に「品代」としか記載されていない領収証については原告の記憶であり、接待交際費の支出については専ら原告の記憶のみである。そして、現に原告は、日報(甲三四)記載の仕事を手がかりとして、領収証上品目名が特定できない物品費用については当該日に買ったであろう物品を、接待交際費については飲食を共にしたであろう相手を、それぞれ記憶喚起して特定したという(甲四四、甲四五、原告本人)。

しかしながら、右原告の記憶喚起の時点が平成七年後半であって(甲四四、甲四五)、実際の支出日からすでに六、七年を経過している事実に照らせば、たとえ日報という手がかりがあるにせよ、経験則に照らし、数百円単位の購入品目や行きつけの飲食店に行った際の同伴者までをも逐一正確に記憶を喚起できるものとは到底考えられず、現に陳述書と原告本人尋問の結果とだけを対比しても、接待同伴者として異なる人物を記憶喚起し、又は、領収書の日付前後の日報を見ても記憶を喚起できない例もある。そして、そもそも記憶喚起の手がかりとされる日報自体についても毎日正確に記載されていたものではない(原告本人)以上は、少なくとも右の点に関する原告の供述又は陳述書の記載をにわかに信用することはできない。

原告の主張する事業所得の実額は、まずもって、その経費に関し収入との対応関係の立証が十分でないというべきである。

4  したがって、原告の主張する経理の実額は、その余の点につき判断するまでもなく、根本的な点で採用しがたいものといわなければならない。原告の主張する実額は、本件各推計の合理性を覆すに足りるものとはいえない。

四  本件各課税処分の適否

1  本件各更正の適否

以上によれば、本件各推計はその必要があり合理的であり、原告の実額の主張は採用することができるものではない。そして、本件各更正は、本件各推計の範囲内であるから、いずれも適法な課税処分というべきである。

したがって、本件各更正の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がない。

2  本件各賦課決定の適否

本件各賦課決定は、本件各更正を前提としてされたものであるところ、本件各更正が1のとおり適法であるから、本件各賦課決定も適法である。

よって、本件各賦課決定の取消しを求める原告の請求は理由がない。

五  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 平山馨 裁判官近藤壽邦は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 岡光民雄)

別表一

昭和六三年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表二

平成 元年分 課税処分等の経緯

<省略>

別表三

仕入金額の取引先別の内訳

<省略>

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